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はじめまして、松永みよこです。 俳句のすばらしさをあなたに伝えたい、 そんな思いからこのカフェを開きました。 どうぞよろしくお願いします。

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プロフィール

松永みよこ

Author:松永みよこ
1973年静岡市生まれ。
「玉藻」星野高士氏に師事。
「青垣」(大島雄作氏)
「船団」(代表
坪内稔典氏)に参加。
立教大学院修了。(日本文学・近現代)
三重県桑名市在住。

東京、静岡、鎌倉での
テレビ局、ラジオ局、博物館勤務等を経て

名古屋市内専門学校高等課程での
国語講師は5年目になりました。
2007年に第1句集「抱く」
を出版。第2句集に向けて準備中。
取得資格
学芸員・社会福祉士

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そのまま

 昨夜、四日市の海岸の方から、花火が
いくつも見えた。四日市に住む句友に
「花火がみえています!」とメールしたところ、
「こちらは音だけ」と返事が。~遠くにあるから
きれいなの~なんて歌詞を思い浮かべた。

 「自分が球体人形のような体になりたい」という
女性、「SSサイズのTシャツを着なくちゃ」、という
女性アナウンサーをテレビで見た。
 どちらのVTRも、その考えについての意見は
提示されず、ただ知らせるという形式にとどまっていた。

 成熟することへの拒否、いつまでも未熟でいたい、
ということだろうか。
 大人の女性になっても何もいいことがない、という
イメージを持っているのかもしれない。
  自分にはないものを追い求めるより、
今の自分を、完全にではなくても、受け入れることができたら
人はもっと幸せになれると思う。
 
**********
まつ白な夏服風に任せつつ 生徒らはみな傷つきやすし  名古屋市 浅井克宏

休みの間に

 お盆を過ぎて、きのうはいつもより暑さが
和らいだ、と思えるような一日だった。
 少し前の記事になるが、朝日新聞の
社説より

「いじめ、級友や先生とのあつれき、勉強、
進路ーー。悩んでいる子にとって、学校を
離れていられる夏は貴重な時間だ。
2学期が近づくと、そういう子たちは不安定に
なりやすい。・・・だから、休みの間にゆっくり
気持ちを落ち着かせ、一歩踏みだして、だれかに
悩みを打ち明けてほしい。」

 悩みというほどのことでなくても、なんかイヤ、
なんか疲れる、といったことが出やすい時期でも
ある。
 無理しないで、やんわりいきましょう。

*****
カーテンのうしろ  武鹿悦子

カーテンのうしろの
せまい闇で
いまも
ちいさいだれかが息を殺して
います

鬼にみつかるのが
こわくて

みつけられないのはもっと
こわくて

そうだったんだね

 八月は命の月~そう思いながら毎日過ごしている。
蝉、カブトムシ、クワガタ、
夜店の金魚(雑誌では、
金魚すくいで持ち帰りなしの
「遊び」のみ、というのがはやってきているとか)
小さな命たちと真っ向勝負の月だ。

作家の保坂和志さんの言葉より
(猫の花ちゃんとの死別のあとで)

「見えないから『いない』って、自分を追い込む必要はない。
むしろ『いた』ときの気分があることを、大切にすればいい。
それは、確かな心の手応えだから。」

断捨離しすぎなくてもよいように

 先日
「、「断捨離」は好きではない、
 買う時に本当に必要なものかよく
 考えて買おう、資源に乏しい日本だ。
 限りある資源を無駄にするわけには
 いかない。」

 という新聞投書を読み、
(意見を書いたのは30代の工場作業員
の方だった)
最近の自分を反省した。
(限定品といわれるとついつい買いたくなる
買い物好き、計画性が少なめ、本に囲まれてると
落ち着くなどといって動こうとしない等々)

 とりあえず買う⇒なんか違う⇒また買う、を
減らすために、まずは、買い方を見直したい。
そんなところにも、自分らしさが出るのだと思うから。



鷲田清一さんの言葉より

 言葉にしたとたんに感じる、きれいに
 辻褄を合わせているだけではないかとの
 疑い、まだまだ言い切れていないという
 じれったさ、これはだれにも届きはしまいと
 いうもどかしさ・・・・・・「まとまる」ではなく
 その逆、「まとまらない」という感覚こそが、
 言葉の真を裏打ちしているのではないかと
 思う。(鷲田 清一「言葉を養うもの」)

  言葉のまとまっていかない
じれったさやもどかしさが、一種の切実さを
生んでいるのかもしれない。

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