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 海女かなし灼けたる砂に子を寝かせ

  俳人松尾静子が昭和17年7月に志摩半島・和具を
吟行して生まれた句である。
  (静子は、京生まれ京育ちで、夫は京都帝大
医学部教授)

  三村純也氏は、句について以下のように読んでいる。

 およそ、作者とは違う境遇、暮らしぶりの海女が
 熱砂に子供を寝かせていることに驚きを禁じ
 えなかったのであろう。それが「海女かなし」という表現に
 なったのだろうが、哀れんだり、蔑んだりしているのではない。
 むしろ、その逞しさに、同じ子育てを経験した女性として、
 共感を覚えているのであろう。


  *志摩の海女の家に生まれた少女を主人公にした小説
『いそぶえ』(谷村志穂作)を読んだ。
  海と共に生きる、そして「自分の中に海を持っている」女性の
強さや、もろさに感情を揺さぶられた。
  
  海女という宿命を背負ったため、主人公が断念した恋は、
(彼女は海女だった母親が海で亡くなり、残された祖母と障害を持つ
いとこの生活を支えなくてはならなかった)
本当にそれで良かったのか、私の心の中で引きずっている。

 「海女かなし」・・・・・・
この「かなし」の内に、どんな思いが込められているのか、
もう少し考えてみたい。

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参考
「鑑賞 女性俳句の世界 第一巻女性俳句の出発」
京女の多面性 松尾静子 三村純也 2008年
株式会社角川学芸出版

「いそぶえ」    谷村志穂  2014年 PHP研究所
                   
 洋服の整理整頓も断捨離も今ひとつ進展せず、の
状態だったが「着切る」という発想を知り、「それだ!」と
共感した。

  好きの理由が一つでもあったらそれを生かす着方を
  考え、使い切る感じで「着切りたい」。・・・・・・
   オバサンぽいとか、若作り過ぎてイタイかも、と弱気
  な呪縛を解くとおしゃれが再び楽しくなる。自分の好きな
  着方を探す方が断然早い。ちょっとぐらいイタかろうとて、
  楽しいおしゃれはステキな雰囲気を生み出すものだ。

         (おしゃれのレシピ   本田葉子)

  私はまだ「自分の好きな着方」を持っていない。
  「着切る」とは「いきる」に似ているのかもしれない。


引用
中日新聞 おしゃれのレシピ 本田葉子(イラストレーター)
2019年7月15日


 片づけて一層混沌とした部屋に、
蜘蛛がやってきた。小さな訪問者は、
何を食べて生きているのか、いつ寝るのか。
見ていると、かわいらしくもある。

 蜘蛛から話が飛ぶが、今読んでいる
北原白秋の随筆(?)には、雀についての愛憎
が、「これでもか」と、大仰に書かれている。



 ・・・・この雀といふ小坊主がなかなかです。
 ただ、頑固な、寒がりやの、寂しがりやの、我儘者の、
 憎まれ小僧に過ぎないのです。唯の凡倉です。平俗な、
 がさつな土民です。まだ充分に目の覚めない民衆のやうな
 ものです。さうして又、あまりに沢山(どつさり)居過ぎます。
 人間がたいして気にかけないのは当たり前です。・・・・・・
  (「雀と人間の相似関係」 北原白秋   出典「ファイン・キュート
     素敵かわいい作品選」  ちくま文庫 高原英理編)


 蜘蛛も雀も、私が知っている愛すべき誰かなのだ。


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 蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな   高浜虚子

 (昭和31年、虚子82歳の作品)


  


 緑陰や矢を獲ては鳴る白き的


 キリリッと引き締まり、清々しさを
感じさせます。躍動感や生命の高揚までも
読み手の心の中に響いてきます。
しづの女さん、かっこいいです。
 日常のどこにでもみかけ、「ハレ」も「ケ」も
内に含んでいるような紅つつじの花たち。
 
 よく見ると、かなり派手な色、形をしている。
熱帯のブーゲンビリアに似ているようにも見えるが、
つつじのほうが、日本的な情や粘度を持っているようだ。

 世の中にR指定とか作るなら、この通学路のつつじのほうが
ずいぶん妖しいのだけれど・・・そういう風にひそかに思いながら
つつじ咲く道を毎日通っている。

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  わしづかみなる恋情のつつじかな   松永みよこ