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 WEP俳句年鑑2019に俳句が載っています。
他の方の句を読むのも楽しみです。

  永遠のきびすをかえす金魚かな

  よけきれる熱と思はず青嵐

  夏の雨うすむらさきのくちびるに

  白シャツにいろいろつけて帰りたる

  春眠す本当の我となる日まで     みよこ
 卒論は白秋だった雪の朝林檎食む時ふと思い出す  二ツ木美智子



 「君かへす朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ」という北原白秋
の歌が作者の心の中に、
雪あるいは林檎の果肉のように滲みこんでいるのだと
思う。
  普段はロマンチックなんて恥ずかしい、、、と、そういう面は他人に見せず
日常生活に追われている大人の女性が
年月をかけて、学生時代に出会った北原白秋の恋の歌を
自分の中で発酵させるように
育てていく。

それってなんだか素敵だ。
 「最近の若者は、抵抗や反抗をせず、
合わない、無理と思うとすっと消える、
またはさっと場所を変える」・・・・という鷲田
清一さんの文章に、共感を覚えながら
読み進めた。
 
 鷲田さんは、黙って消えることは、もしかすると
強固な既存の市場や制度から少し距離をとって、
自分たちのサイズで「小さな肯定」を積み重ねていこうという試み
なのではないか、と言い、
その例として、若い
知人の、シェアオフィス、居場所づくり、共同保育
などを挙げている。

 信頼、助け合い、おつきあい、憐み、共感といった
古い「徳目」がこれまでとは違う感覚で模索されているのかと
思う。


 と述べる文章に、
単に今の若者はうんぬんとなるのではなく、
彼らの繊細な感情に寄り添う優しさとエールを感じ取った。

そして、古い「徳目」は今の社会でもっともっと重要視されて
よいことだと考えた。

********
引用
小さな肯定
足下からの社会再建
鷲田 清一(哲学者)
2019年1月26日 中日新聞
 
 
 「あー伝わってない、わかってもらえてない」
ということがあり、少しもやもやとしていたが、
そんな自分の発想こそ、傲慢だった。
まだ少女期のほめてもらいたい、
認めてもらいたい心をぶらさげて生きているんだ、
と気がついた。

 春からは、ちょっと新鮮な自分でありたい。

神様もきっとひとりで冬の朝      
立春やすっと折れたる今朝の君    みよこ
 すばらしいものはボーダーを軽々と越えてしまう。
ということを感じている。

 今月は梅原猛さん、橋本治さんが
亡くなられた。まだまだ読んでいない彼らの本がある。
足跡をたどってみたく思う。

 めくられて清少納言の大くしゃみ  大平雅巳